【告知】第43回 成田山雅楽演奏会
10月18日(日)は、成田山新勝寺光輪閣4階にて成田山雅楽部による第43回成田山雅楽演奏会が開催されます。
光輪閣1階 南玄関よりご入場いただけます。
本年は管弦『拾翠楽』『西王楽破』、舞楽『陵王』を披露します。
是非伝統の音色と華やかな舞をお楽しみください。
○管絃『拾翠楽』(じつすいらく)
もともとは水調という調子であったが、現在では黄鐘調に編入されています。承和(834~848年)の大嘗会の時、豊楽殿の前に海浜を作り、この楽を奏したといいます。
楽は大戸清上、舞は尾張浜主が作ったといわれていますが、現在舞は途絶えています。
『仁智要録』によると「砂石を集め、樹木を植え、山阜の形となし、縹布を敷き、萍蓼を散らして海渚の体にかたどった。そこに舟を引き海人の藻を拾うのに似せたと』とあり別名で、『拾藻楽』とも書かれます。
○管絃『西王楽破』(さいおうらくのは)
唐楽の黄鐘調の曲です。仁明天皇(在位833~850年)の頃、花の賀宴の際に仁明天皇が曲を作り、犬上是成が舞を作ったといわれます。曲は序と破にわかれ、催馬楽の「葦垣」を序とし、「鷹山」または「山城」を破としていたといいます。
現在では舞は残っておらず、破のみ演奏されます。
○舞楽『陵王』(りようおう)〈左方舞〉
中国 北斉(550~577年)の蘭陵王・長恭は、優れた武才とともに大変な美男子として知られ、部下が見とれるほどの容姿だったため、味方の士気を高めるよう獰猛な仮面をつけて指揮を執りました。兵士はそれに鼓舞されて次々と勝利を収めていったと伝えられています。その勇士を称えて『陵王』という曲が作られたと言われています。
舞台上を活発に動き回る走舞いで、右手に桴、左手は剣印という形で舞うこの姿は、武将が馬上で指揮をとる姿を表しているものだと言われています。
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