成田山新勝寺 千葉県成田市成田1

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第51回 成田山『智光』小・中学生作文コンクール 審査結果

第51回 成田山『智光』小・中学生作文コンクール
審査結果

本年も『智光』小中学生 作文コンクールが開催され、厳正な審査の結果、下記の通り各賞を決定いたしました。
ご応募下さいました各学校の皆様には、厚く御礼申し上げます。

応募総数 3,431篇(前回3,302篇 昨年比129篇増)
課 題 小学生の部「助け合い」 476篇  
  中学生の部「命の大切さ」 1,416篇  
自由題 1,539篇(小学生467篇 中学生1,072篇)

最優秀作「成田山貫首賞」(4人)

課題

小学生 千葉県6年 浅野 睦美
中学生 埼玉県1年 國府田 茉奈

自由題

小学生 千葉県6年 渡邉 泰
中学生 千葉県3年 木谷 明日香

優秀作「成田山智光賞」(6人)

課題

小学生 千葉県3年 阿波﨑 葵那
小学生 千葉県3年 大澤 伶音
中学生 千葉県2年 重慶 朔太
中学生 千葉県3年 清水 悠太

自由題

小学生 大阪府5年 杉口 恵麻
中学生 千葉県3年 小谷 和香葉

入選「成田山賞」(50人)

課題・自由題

小学生 鈴木奏美(千葉県1年)、鈴木宗祐(千葉県1年)、金子琳太朗(千葉県3年)、北村莉愛(東京都4年)、清野莉愛(千葉県4年)、長田怜大(大阪府4年)、本間、雫(埼玉県4年)、池長優香(大阪府5年)、向後 菫(千葉県5年)、近藤直捷(千葉県5年)、森本菜月(大阪府5年)、山崎瑛心(埼玉県5年)、磯野葵月奏(茨城県6年)、小林礼奈(千葉県6年)、田嶋双葉(千葉県6年)、西山みさと(大阪府6年)
中学生 石倉桃果(千葉県1年)、石田偉琉(千葉県1年)、岩渕郁登(茨城県1年)、氏家 慶(千葉県1年)、蒲生孝之(千葉県1年)、河上百花(埼玉県1年)、久保杏奈(千葉県1年)、郡司柚初(千葉県1年)、小松田 凜(千葉県1年)、斎藤優吾(千葉県1年)、菅原 碧(千葉県1年)、立尾日桜里(千葉県1年)、德田彩音(茨城県1年)、戸田美愛(千葉県1年)、中田渉夢(千葉県1年)、細川大輔(埼玉県1年)、細川未羽(千葉県1年)、森田敦哉(千葉県1年)、相川麗月(千葉県2年)、角田千明(千葉県2年)、菰田さくら(千葉県2年)、笹野春香(千葉県2年)、菅澤玲香(千葉県2年)、菅野美稲(千葉県2年)、田中真絢(千葉県2年)、星野七織(千葉県2年)、磨島七海(千葉県2年)、松元優季(千葉県2年)、遠藤 蘭(千葉県3年)、上地未来(千葉県3年)、塚田陽菜(千葉県3年)、長妻志歩(千葉県3年)、西村朔乙(千葉県3年)、若宮紫音(千葉県3年)

最優秀作「成田山貫首賞」 課題「助け合い」(小学生の部)
千葉県 小学校6年 浅野 睦美

友達の大切さ

私は、今まで仲の良かった友達にいじめられています。悪口を言われたり、仲間はずれにされたり、にらまれたりします。自分ではなぜいじられているのか、原因が分かりません。心がついていけずものすごく悲しいです。

そして、学校にも行きたくないという気持ちがだんだん強くなってますが、向こうは私の気持ちなんか考えずに引き続き悪口を言ったりにらんだりしてきます。

そして、いつしか私自身の心の限界をこえ一人でトイレで泣いていました。その時一人の友達が私の所にきてくれました。泣いている私のかたをさすってくれたり、やさしく話をきいてくれました。

そして、私のことを心配して電話してくれたり、相談にのってくれたり、私のそばにいてくれました。「私は一人じゃない」って思えてすごくうれしかったです。

私は、その子といると心が楽だし、ものすごく楽しいです。その子がいてくれると思うと少しずつ学校に行くのが楽しくなりました。

それからしばらくして学校はちがう、もう一人の親友に思いきって話してみたら、ものすごく心配してくれて、うれしかったです。その子と話していたらなんだか、元気がわいてきて、「がんばろう!」と思えました。

私が今回、助けてもらった親友、お母さん、学校の先生には、すごく感謝しています。

私は、いじめられてすごく苦しかったし、悲しかったです。でも、まだ世の中には私のような気持ちになっている人がいるはずです。その人たちにために今の私になにができるのか……。それは、今回私がみんなにしてもらったことを、実行していけばいいのではないのでしょうか。

きずついている人によりそって話を聞いてあげるだけでも心の支えになると思います。そのような助け合いを色々な人がやっていけば、きっと私のように悲しい思いをする人はだんだんと少なくなっていくと思います。

私は今回の経験を通して、人は一人では生きていけない、助け合って行かなくてはならないことを学びました。どんな経験にもきっと意味があって、むだなことは一つもないのだと思いました。

今はまだいじめる子とは仲良くなれそうにありませんが、何年かかるか分かりませんがいつかきちんと話し合える日が来るといいと思っています。そして、その子にもちゃんと助けてくれる友達や家族がいて、今やっていることは悪いことだと教えてあげて欲しいと思います。

最優秀作「成田山貫首賞」 課題「命の大切さ」(中学生の部)
埼玉県 中学校1年 國府田 茉奈

命の大切さを教えてくれた父

私の父は本当のお父さんではありません。私が五歳のときに父と母が再婚して父が私のお父さんになりました。父はとてもおもしろく、スポーツ万能で勉強もできて、私は自転車の乗り方や算数の勉強を父から教わりました。

そんな父が私が小学校三年生の時、脳のガン「脳腫瘍」になりました。病気が分かったときには、生きる時間があまり長くないと母から言われましたが、八歳だった私にはあまりよく分かりませんでした。私は父が大好きでした。色んな所に連れて行ってくれて、わからない事もたくさん教えてくれて、自慢の父でした。そんな父が脳の病気になってしまい、人が変わったようになりました。車の運転ができなくなり、昼も夜もねていて入院したり退院したりを繰り返しました。私は悲しくて、さみしかったです。あんなに色んな事が完ぺきだった父が何もできない子供みたいになってしまって、私はとても嫌な気持ちになりました。闘病生活は約三年続きました。私が小学五年生の終わり頃、十一歳の時、父は亡くなりました。世の中がコロナウイルスで騒ぎ出した頃で私も二月の末から休校になりました。休校のおかげで病院に入院していた父の所へ毎日会いに行きました。コロナは憎いけどコロナで休校になったおかげで私は父が亡くなる一ヶ月、、毎日父に会う事ができました。父は呼びかけにも応えず、ただ苦しそうにねている一ヶ月でしたが、私は毎日父に会いに行きました。苦しんでいる姿は見たくなかったけど、もう死んでしまうんだと分かっていたので、母と二人、毎日病院に行きました。そして、父が天国に行くその時も、私は父の側にいて、天国へ見送りました。

人の命とは何だろうと思います。昨日まで生きていた人が今日亡くなってしまうとか、私にはよく分かりませんでしたが、父の死を目の当たりにしていつもの日常があたりまえではないんだという事、一日一日を大切に生きる事、明日も今日と同じとは限らないこと、命の尊さや儚さを学びました。私は父に出会えて良かったと思います。父と過ごした六年間は私にとって宝物です。父は命の大切さを私に教えてくれました。私は自分の命を大切に生きて行きます。お父さん、大好きです。ありがとう。

最優秀作「成田山貫首賞」 自由題(小学生の部)
千葉県 小学校6年 渡邉 泰

薬剤師になること

「薬剤師」これを目標として算数や理科等の勉強を主にしていて、またそれらが今僕の一番関心があるものです。

まず薬剤師とは薬局や病院に勤め医師に従い薬を調剤することのほかに、血液センター、製薬会社や大学、バイオビジネスの研究所などで働く薬剤師もいれば、国や都道府県の職員として、産業廃棄物処理などの事業の許認可や土壌・水質検査や薬品検査、有害・有毒物質の検査をしたりすることも薬剤師の仕事です。

僕は大学に入って薬剤師になりたいです。なぜかというと僕は薬を研究して新型の病気にも効く薬を作りたいからです。今、世界中では新型コロナウイルスが大変な勢いで広がり多くの人が感染して苦しんでいます。今は製薬会社や大学で研究され、僕が大人になるまでにはきっと治療薬ができていると思います。そのような人の命を助けるために、僕も新しい薬の開発をしたいと思っています。

また、薬剤師について調べたら、決まりがあることがわかりました。それは「薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するものとする。」要するに薬剤師ではない人は調剤してはならない。薬剤師は医師や獣医師が書いた処方箋に基づき調剤しなければならない。薬剤師は調剤した医薬品の使い方について医薬品の容器や袋に記入しなければならない。薬剤師は調剤した医薬品に関して患者さんまたはその家族にきちんと説明し、また必要な薬学的知見に基づいた指導を行わなければならない。などです。

全体を通して、僕は、薬剤師は理系の分野の知識だけ知っていればいいと思っていたけれども、それだけでは足りなく、人に対してきちんと説明する必要もあるから言葉の知識や説明する能力も必要だと思いました。そのため僕は文系の知識や考え方も大切だなと思ったので、これからは関心があるものをどんどん広げて知識を吸収していきたいなと思います。

最優秀作「成田山貫首賞」 自由題(中学生の部)
千葉県 中学校3年 木谷 明日香

人を変えるもの

ゆらりゆらりと視界が回る。本を読むといつもこうだ。物語がぐらぐらと脳を揺らす、その余韻がまだ残っている。ぼんやりとしたまま、でも頭は妙に冴え冴えとして考える。自分は、こんなにも、物事に熱中できる人間だっただろうか、と。

昔の自分はどんな人間だったのか、おぼろげな記憶を探る。もう、ほとんど覚えてはないが、本を読むことどころか、他の何にも興味がなく、飽きっぽい性格だったように思える。何かにのめり込むほど熱中したり、一生懸命になったりすることもなく、ただ淡々と一日一日を過ごしていたはずだ。それがどうしてこうなったのか。一つのことに熱中してのめり込んだ後。その「こと」がどんなものであれ、脳をゆさぶる感覚はなくならない。物事にのめり込めるようになったのは、果たしていつごろからだっただろうか。

もっと細かく記憶を探る。ここまで自分が変わってしまったのには、何かがあるのに違いない。そうだ。あの日からだ。自分の意思とは関係なく、目が見開かれていく。きっとそうだ。この感覚を初めて味わったのは、あの日なのだから。

小学三年生のある日。母に連れられて古本屋へと向かっていた。興味はなかったが、母にうまくいいくるめられてしまった。向かった先の古本屋で母と一度別れる。棚に所せましと並べられた本の数々。少し日に焼けたような表紙達。どこか落ちつく紙とインクの混じった香り。その全てが初めて感じるものだった。本屋の奥へと向かう。そこでふと、一冊の本を手にとってみた。中を見てみる。普段ならそんなことはなかっただろうが、その時は初めての場所に対しての高揚感で一気に読み進めてしまった。気がついたらもう、三十分近く経っており、母に呼ばれていた。その本を買ってもらい、帰路につく。胸の中に、何かが渦巻いていた。帰った後、その本を最後まで読み進めた後。頬に涙が伝っていた。今まであやふやだった、心の芯が震えていた。

この日以来、本に限らず、物事に熱中できるようになった。それまで熱中することも感動することも知らなかった私が、初めて心を動かされた時だった。

夢中で何かをする、ということには随分助けられたように思う。辛い時や悲しい時、自分の心が思い通りにならない時。物事に夢中で打ち込むことは、自分と向き合う時間をくれた。きっと、こうも変われたのは、あの時、心が動かされる感覚を知ったからなのだろう。

人が変わるのに、そう多くのものは要らない。自分自身を変えたいと願わずとも、勝手に人は変わっていく。心の芯を震わせ、世界がざっと広がるような、そんな存在と出会うこと。出会ったとき、気付き、共鳴できるように、心の線をぴんと張りつめておくこと。これが、人を変えるものだ。

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